EP9: 完走目前 暗闇を駆け抜けろ!
前回までのあらすじ
残り21.1km、3時間。
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コーンで仕切られた向こう側、2周目を終えてゴールへ向かっていく、あるいはBタイプやリレーを終わろうとしている選手たちを横目に反対方向へ走っていくのは何ともむなしいものであった。
2周目に入る前にもほかのASと同様に本部でしっかり給水。
自前の補給食の最後のひとつの存在をここで思い出して食べる。トイレに寄ってからスタート。
9月1日、夕方の佐渡島は少し肌寒かった。
1周目と同様に商店街を抜け路地へ。2.9km地点(2周目なので24km地点)のWSには19時前にたどり着けた。
2周目のスタート時よりもかなり暗くなっていた。時計代わりにしていたサイコンも画面が見えなくなってきたのでゼッケンベルトのポーチへ。
このあたりから、休憩した後走り出すまでの時間がかなり長くなってきた。
25か26㎞ぐらいのところで🐊君を発見。商店街からここまでで会わなかったので本部の方から回っている間にゴールしたのかと思ったが、前にすれ違った時からだいぶペースが落ちたみたいだ。
「(ゴールした時)写真撮ってくれ!」と声をかけたが、余裕がないのか何なのかやはり反応はなかった。ちゃんと写真を撮ってくれるか不安になる。
路地を抜けて田んぼ道へ出るころには、僕もだいぶ元気がなくなっていた。走る速度はわからないが、だんだん足が止まることが多くなってきた。
周りを見ても同じような人がちらほらいたと思う。コース上にいる人は選手も応援もだいぶ数が減っていた。視界が暗くなるにつれて気分も落ち込んでくる。
誰かを追い抜くたびに、また誰かに追い抜かれるたびに「あのペースで/あのペースなら間に合うのかなあ」などと思考が巡る。
2周目の人やB/Rタイプも一緒に走っていた1周目とは違って、周りにいるのはほぼ確実に自分と同じ、時間ギリギリの2周目の人間である。
同じ境遇の人が周囲にいるというのはなんとも安心感があった。8月の終盤になって夏休みの宿題が終わっていないことを共有しあう小中高生みたいな感覚である。
しかしやはり不安は募る。いまここで一緒に走っている人のペースで間に合うという保証はない。突然ペースアップをして置いて行かれるということがない、などという保証も当然ない。
脚を動かさないといけないのはわかるが、体が言うことを聞いてくれない。
ケイデンスを落として重く踏み込んだペダリングが、脚を回さずに悪癖全開の低重心で足を前に出す走り方が、脚全体を重くしていた。
沿道の応援に応えたりと元気はまだ残っているのだが、ひたすらに脚が重い。
そのうえ「練習通りにできていない」ことの影響、あるいは代償は肉体的にはもちろん精神的にも大きかった。
疲れだけでなく、「このまま行って走り切れるか」という不安感も足を止めた原因のひとつである。
折り返し地点前のアップダウンも、7割ぐらいは歩いていた。
折り返し地点への到着は19時50分ごろだったか。水分補給の後、無意識に一口サイズのクロワッサンに手が伸びた。
ここまで来てしまえば補給計画がどうとか関係ない。一気にほおばる。
うまい。17時間ぶりの固形物に涙が出そうだった。小さなクロワッサンを噛みしめる。
もう半ばやけくそだったのかもしれない。ここまで避け続けてきたコーラも一口で飲み干した。
最後の10㎞を前に、椅子に座ってしっかり身体を伸ばす。もう鼻をつくエアーサロンパスの臭いもおなじみである。
20時ちょうどに折り返し地点の畑野ASを出発した。10㎞を90分。
歩きの長かった2周目前半でも90分かかっていないことを考えれば、油断はできないながらも無理な話ではない。
折り返してからしばらくはぼんやり歩いていたが、ゆっくり走りだす。
ここで1周目の中盤に「BPM180(または90)セットリスト」を流し切って以来沈黙していた脳内オーディオが復活した。それに合わせてペースも上がってくる。
音楽の力か、コーラの力か、固形物の力か、それとも完走への希望なのかはわからないが、急に不思議と元気が出てきた。
ペースが上がる。足も止まらない(とはいえエイドのたびに休憩するのは変わらず)。
アップダウンも一気に超えて、勢いがどんどん上がっていく。エイドのたびに、制限時間への余裕が開いていく。
完走できるかも、という安心は完走できる、という確信に変わった。
休憩時間もどんどん短くなっていき、ゴールの2.8km手前、最後の八幡WSに到着するころには、確実に完走できるだけの時間的・身体的・精神的余裕があった。
休憩もそこそこに、商店街へ向けて走り出す。
途中で猫に遭遇。「にゃーん」とか言いながら近づくが当然逃げられた。近くにいた選手にも避けられた。恥ずかしいので一気に抜き去る。
商店街に入るころには頭の中の音楽も止まっていたが、もうここまでくれば関係ない。
「おかえりなさい!」「がんばれ!」と前後左右から声がかかる。アナウンスで自分の名前が読み上げられるのが聞こえた。
「ありがとう!」「ただいま!」!」と応援に応えながらも勢いは緩めず、フィニッシュエリアへ。
トランジションエリアの外側を回り、ゴールの特設ステージ(テレビ番組のSASUKEのスタート地点みたいなのを想像してもらえればよい)へ向かう。
つづく